ろぐろぐ

記録色々

あなたは何のためにその目標にとりかかるのですか?

何か始める時には「何のために」がどうしたって重要だと思う話。

 

最近毎日タイピング練習をしていて思うことなんですが、

「私、今、(今更)何やってるんだろう」

とか

「もっと他にやることあるじゃん」

とか

ふっと頭を擡げることがよくあります。

特に一番最初、スタート値と平均値を記録するためやり始めた時が特に「何やってるんだろ」って心の中で連発してましたね。

これが結構しんどい。

なにせ50音(akstnhmyrwgzdbpgj+α)×50回をひたすら入力してはタイムを記録していましたので、ほんと「何やってるんだ自分」ですよ。

尤もそれを毎日乗り越え練習に励み記録をとり、増減あっても少しずつ正しいタイピングが身につきつつあるかなと感じております。

 

では何故続けられているのか。

それは「何のためにこれをしようと思ったのかを反芻するから」です。

 

「何やってるんだ自分」が頭を擡げるたびに私は「何故今タイピングの練習をするのか」を頭に浮かべます。

長年自己流のタイピングで不自由していなかったにも関わらず今矯正しようとしているのは、タイプミスを減らしたいとか入力スピードをあげたいとか、その方がかっこいいとか色々ありますがその延長に「もっと思考をストレスレスにアウトプットしたい」と思うからです。

入力に関するストレスをもっと減らして快適に表現したい。

だから練習する。

練習の成果を記録する。

それを反芻することでふっと頭を擡げるネガティブな思考から集中を取り戻し続行することができています。

 

このことからやはり何のためにそれをするのかということを最初にしっかりと考えておくことは何かを始める時、最初につまずきそうになる時に大変重要だと思います。

それが地味で成果がすぐに出にくい練習であるなら尚更です。

ダイエットや試験勉強、何らか新たな習慣を身に付けたい…

それらの目標に取り組むに当たって、何のためにが表面的な理由ではなくもっと自分自身にとって本質的でかつポジティブな理由であることもとても重要だと思います。

それをすることで、その訓練をすることで、自分にとって何を得られるのか。それを得た自分はどうなるのか。

それが喜びであったり差し迫るものでない限り人は動けないものだなと思います。

 

あなたは何のためにその目標にとりかかるのですか?