【読書メモ】美しい言葉への誘い…『大人のための国語授業』(著:町田健)
タイトルにもあるように、明治から昭和にかけて書かれた名文に宿る「美しい」日本の言葉を集めて解説した一冊。
国語の教科書、あるいは国語便覧に載っているような名著の美しい言葉とその触りの引用と、作者の人物像と代表作の紹介があり、正直明治から昭和にかけての文豪の作品に興味はあるけれども何から読んでいいのか分からない、近寄り難いと思う初心者にとって、引用された言葉や触りから興味を持った作品へ誘う役割も果たしていると私は感じた。
この本を手に取ったきっかけは、個人的にもう一度国語の勉強、特に読みやすい文章を書くための日本語と文法を勉強し直したいと最近強く感じたからだった。
そこで「国語」「日本語」の勉強ができそうなタイトルを検索して巡り合ったのがこの一冊だった。
そのためページを捲った時にはやや面食らった気持ちにもなった。
というのも想定とは違って全五章45の美しい言葉を集めて作品のさわりとともに紹介する本だったからだ。
しかし、一つの言葉の解説が引用も含めて3ページ、加えて半ページほどの作者の紹介、合わせて4ページ程度でまとまっていて、まるで授業の合間のこぼれ話を聞いている気分を味わえた。
本の構成は思いやりを含む言葉、色恋にまつわる言葉、味わい深い言葉、粋な言葉、雅な言葉の五つの章に分かれている。
知っている言葉もあれば認識を改めた言葉もあったけれども、私が特に興味深かった言葉と解説が多かったのは色恋にまつわる言葉が収められた第二章だった。
「惚れている」「くちづけ」「愛撫」「懸想」…知ってはいたけれども、つくづく美しく味わい深い言葉が並ぶ中で、個人的には「悋気」、嫉妬についての文章がとても印象深く感じた。
嫉妬の感情は、自分より快適な境遇にある他人を、ある意味で侮蔑することでもあるから、決して望ましい感情に属するものではない。しかしながら、(中略)人間である限りはどうしても逃れられない性質のものである。
なぜならば、人間は誰でも現状を改善したいという願望、つまり向上心があるからである。(中略)その願望が実現しない場合には、当然のことながらいらだちや落胆を禁じえない。
ここで、他人がその願望を実現させていることを知ったとすると、自分の至らなさが原因の苛立ちや落胆であったとしても、そこから生じてくる怒りを他人に向けようとする。これが嫉妬であるのだが、自らの精神を救い難い破綻から逃れせしめるためには、内部の感情としてとどまる限りは、嫉妬もある程度までは致し方ないものではないだろうか。
(引用:『大人のための国語授業』(著:町田健))
個人的に心理学を学んでいる身としては馴染みがある感情だけれども、この「嫉妬」に関する町田先生の言葉は、そこに等身大の人の息遣いを感じられたし、同時に無性にほっとした気持ちになった。
私自身のこれまでをいくつか振り返って、ああ私はいつも嫉妬していたのだとストンと腹に落ちてきたし、しかし自らのうちにある限りそれでいいのだと思えた。
この嫉妬の続きで、特に愛する異性への独占欲とそれが叶わないことが原因で怒る嫉妬を「悋気」とし、それは相手の自由を束縛することほかならない、寛容の精神を持たない精神的な吝嗇漢ほかならないという文を読み、「悋気」「嫉妬」とは本当に生々しい感情で、醜く、故に抗い、けれどもドラマの中には常にあってドロドロの嫉妬が渦巻く物語に人気があるのは人間的で身近で自身で起きた時直視し難い醜さでありながらそれが第三者として眺めると面白く愛おしいからだろうかと思った。
「嫉妬」「悋気」のコントロールは自己成長の鍵でもあり、上手く描くことは物語を面白くする鍵なのだろう。
「悋気」は仕事や表現においても上手く使いこなしたい感情、だからこそとても興味深い言葉だった。
他にも、「ままならない」「狷介」「ものうげ」など、言葉と参照と解説があり、言葉と文学の深い甘みのような、美しさの味わい方を導かれるようだと感じた。
その先には引用した名文の触りがあり、私もまずはここに引用された作品とその作者の代表作を読もうと、青空文庫にあるものはダウンロードした。
思いの外数が多くなってしまったが、短いものから読んでいこうと思う。
読破できる日はいつだろうかと思うと不安だが、どれだけ素晴らしい作品、味わい深い文章、そして美しい言葉に出会えるだろうかと思うと楽しみだ。
ところで紹介された美しい日本語45単語は33名の作家のもので、数えてみたのだが、そのうち夏目漱石から4つ、三島由紀夫・森鴎外からは3つだった。
納得ではあるが、三島由紀夫の引用は全て『豊饒の海・春の雪』からで、それだけ美しい作品だからか、著者の町田先生の好みかと想像した。
先にも書いた通り一つの言葉につき4ページほど、しかも余白が大きくサクサクと読めるので、隙間時間に一つ気になった言葉を読むというような読み方もできる。
そこから興味が湧いた、惹かれた言葉や文章の作品を辿っていくこともできる近代文学への導入としても良い本だと思う。
個人的には、近代文学に興味を持ちつつも何から手を出したものかと右往左往して結局読まなかった中高生くらいの時に出会いたかったです。